2008.8.8
社会縮小化に向けての壮大な実験
久保 愛三
 
 人間が他の動物と根本的に違う点として,道具を発明し,それを生活の利便性のために,もっとあからさまに言えば,欲望を満たすために使用し,ポジティブフィードバックのかかった状態で発達させてきたことがある.これを可能にしたのは,エネルギーを無制限に使用できたことであり,またこの際,理性は常に欲望に負けてきたという,人間の本質に関わる実情がある.
 人間がエネルギーの無制限使用のおかげでこれだけ大繁殖をして地球を席捲し,地球がもたないほど社会をマンモス化して来たことから考えると,このエネルギー使用をどの程度現状より下げられるか,あるいは,このエネルギー使用をどの程度,現状より下げても人間は幸せに生きてゆけるかを考えることが,社会縮小化を考える際の主題であろう.すなわち,個人当たり現状より必要エネルギーが減る具体的方策は何かを考え,それを実行した時に,人は耐えられるのか,どのような不満を持つのか,あるいは,満足して暮らせるのか,を検討することにほかならない.
 2008年,種々の理由で,エネルギーや資源の価格が急騰した.この価格高騰は全世界の人々に,エネルギーや資源の使用量の削減を強制した.大規模なエネルギー消費の上に成り立っていた経済システムや食料生産を始め,現在社会の根幹が大きく揺すぶられた.しかし見方を変えると,この状況は社会縮小化のためになされなければならない,ごく基本的な状況が,一般のコンセンサスなしに突然なされたものと何ら変わるところはない.先進国は,社会縮小化に向けての実験に参加することを強いられたのである.世界は社会縮小化のための大規模な実験をやっているのである.そして,価格高騰のため,エネルギーの入手がわずかのパーセント困難になっただけで,社会はパニックを起こした.全世界の人々は,環境や地球のことを考えること無しに大きな不満をあらわにしている.
 我々は,天文学的な費用を要しているこの実験に何の支出をすることもなく,その結果を見ることができる.人々がどのように反応しているかを観察することは,極めて興味深い.
 縮小化社会では,先進国に今までのようなエネルギーや資源が供給される事は難しくなり,必然的に物価は高騰する.その結果,@大量生産・大量消費の経済構造を維持することは難しくなり,また,A遠距離,大量輸送が困難になる,さらに,B核融合や地震予知・宇宙開発のようにいつ実現できるか分からない研究開発にエネルギーや資源を出し続けるわけにはゆかない.すなわち,これら@ABを基とした経済構造は破綻せざるを得ず,経済構造は新たな環境に適合したものに変更されねばならない.景気は大幅に悪くなる.
 これらを総合すると,考えなければならないことは,第一に,生きるのに必要な,あるいは,生を楽しむのに必要なアクションをする時,エネルギーの利用効率をどこまで高められるか(すなわち,あるアクションをするのに,エントロピーの増加をどのように小さく抑えられるか)という,テクノロジーの問題であり,第二に,あるエネルギーを消費して作られたものを,どれほど大切に使えるかと言う,大衆のメンタルの問題であり,第三に,生きるのに不可欠な仕事・アクションをする際,いかに人間や mass の移動を最小限にしてそれを可能にできるか,可能な限り在宅で仕事をする雇用形態をいかに実現できるかと言う,産業構造の問題であり,第四に,エネルギーの使用が今までより制限された生活の中で,大衆に,楽しさ,馬鹿騒ぎをいかに与え,不満のはけ口を作れるか,そして,産業構造の変化で職を失う人々に,どの様にして新たな職を与え,新産業構造の枠組みの中で「豊か」と感じられるような生活を送らしめ,社会不安を起こさないようにできるかという,経済ならびに政治の問題である.
 当然,全てのことを同時に解決することは出来ないので,どの様な切り口から攻め,改革をどのように系統的に進めてゆくことによって,最終的に新経済構造に移行できるかのロジックが必要である.
 多くの提案がなされ,それが実行された時に,世界という人間の欲望でドライブされる複雑なシステムがどのように反応するのか,どの様に社会構造が変わってゆけるかのシミュレーションがされねばならない.